今月のアラビア語 2月
今月は日にち、月について述べます。
昨年10月に掲載しましたが、アラビア語の1週間は以下の通りです。
月曜日 ヤウム・ル・イスネイン يوم الثنين
火曜日 ヤウム・ル・スラサー يوم الثلاثاء
水曜日 ヤウム・ル・アルビアー يوم الاربعاء
木曜日 ヤウム・ル・ハミース يوم الخميس
金曜日 ヤウム・ル・ジュムア يوم الجمعة
土曜日 ヤウム・サッブト يوم السبت
日曜日 ヤウム・ル・アハド يوم الاحد
日はヤウム يوم
週はウスブーウاسبوع
月はシャフル شهر
年はサナ سنة
1年間の各月は以下の様になります。
イスラムにはヒジュラ暦 アッサナ・アル・ヒジュリーヤالسنة الهجرية
と世界共通の西暦(太陽暦) アッサナ・アッシャムシーヤ[السنة الشمسية [مسيحية
があります。
現在イスラムの国々は全て西暦で生活していますが、イスラム教の行事は全てヒジュラ暦で行われており、特に重要な
ラマダン月にいつ入るか、終わりはいつか(ラマダン明けの休暇の始まりはいつか、イード・サギール 小祭)、
巡礼月はいつから始まるか、イード・カビール(大祭、巡礼月の10日目に始まる休暇)はいつからか等、ヒジュラ暦は
今でも生活の中に組み込まれています。
尚、以前説明しましたが、ヒジュラ暦はモハメドがメッカからメジナに移動(聖遷)した西暦622年7月16日が
ヒジュラ暦元年です。2017年2月1日はヒジュラ暦1438年5月4日となります。
以下Wikipediaヒジュラ暦から引用。
(第2代正統代理人ウマル・イブン・ハッターブが、預言者ムハンマドがマッカからマディーナへ聖遷(ヒジュラ)した
ユリウス暦622年を「ヒジュラの年」と定めヒジュラ暦元年とする新たな暦を制定した。なお、ヒジュラがあったとされる
正確な日付は同622年7月16日(ユリウス通日1948439日)である。ヒジュラ暦は太陰暦で、約29.5日である朔望月に合わせて、
1か月が29日の小の月と30日の大の月という大小月をおおむね交互に繰り返す。従って1年はおおむね354暦日となるので、
1年ごとに11日ほど太陽暦とずれる。そして、ヒジュラ暦は純粋太陰暦なので、日本の旧暦のような太陰太陽暦と異なり、
閏月を置かず季節ないし太陽暦とあわせることをしない。)
ヒジュラ暦におけるイスラム教の祭礼
第1月10日 – アーシューラー(フサイン殉教祭)
第3月12日 – マウリド・アン=ナビー(ムハンマド生誕祭)
第9月1日から – ラマダーン(断食月)
第10月1日から – イード・アル=フィトル(断食月明けの祭)
第12月8日から – ハッジ(大巡礼)
第12月10日から – イード・アル=アドハー(犠牲祭)
(ヒジュラ暦) (西暦)
1月 アルムハッラム المحرم ヤナーイル ينائر
2月 サファル صفر フィブラーイル فبرائر
3月 ラビーウ・ル・アッワル ربيع الاول マーリス مارس
4月 ラビーウッ・サーニー ربيع الثاني アブリール ابريل
5月 ジュマーダー・ル・ウーラー جمادي الاولي マーユー مايو
6月 ジュマーダー・アルアーヒラ جمادي الاخرة ユーニユー يونيو
7月 ラジャブ رجب ユーリユー يوليو
8月 シャウバーン شعبان アグストゥス اغسطس
9月 ラマダーン رمضان サブタンブル سبتمبر
10月 シャッワール شوال ウクトゥービル اكتوبر
11月 ズー・ルカアダ ذو القعدة ヌーフィンビル نوفمبر
12月 ズー・ルヒッジャ ذو الحجة ディシンビル دسمبر
西暦にはもう一つシリア、イラク等で使われている別の名前がありますが、ここでは割愛します。
西暦でお分かりの通り英語読みをアラビア語に変えただけのものが今は主流になっています。